第 040 話| 次の鳴響
第二の鳴響警報が跳ね上がる——今度は凍土ではなく、サンタラニアの地下、リカの足の真下に。事件源署名はまた L.K.S._Core、また 925/3/11。過去の彼は、この街の真下にも一つ埋めていた。リカは立ち上がる――「行くぞ、下へ降りる」。Arc 1 完。
開元1010年1月4日 · 黄昏 17:52 · サンタラニア · 情報研究第十子站
凍土から戻ってきたこの数日、リカはまた第十子站の当直椅子に腰を戻していた。
表向き、彼はエネルギー網の定例校正を走らせていた——これは彼の仕事で、長年やってきて、眼を閉じていても誤らない。だが頭のなかで走っていたのはエネルギー網ではなく、一つの日付だった——開元925年3月11日。
この 3 日、彼は調べられるかぎりを調べた。歴年の記録、バックアップ、ダークネットの死角、スペクトラの最下層、自分が手を入れたことのある一つ一つの場所。925/3/11 を指すあらゆるものへの応答は、ただ一種類だった——
[歴史アーカイブ · 解読不可]
[署名:L.K.S._Core]
K と同じ、黒焔花母と同じ。85 年前、彼自身が手ずから閉ざした一つの扉で、鍵は彼の手のうちにあるのに、扉は開かない——過去の彼が、鍵穴まで溶接して塞いでしまったからだ。
脳晶のいちばん奥の層、あの「メモ · 02」は、いまも同じ一行を灯していた——
[条件:未達]
彼には、何に「達」すればいいのかわからなかった。925 の照会結果を食わせてみた。K を、黒焔花母を、あの女声の残片を食わせてみた。どれ一つ、あの「未達」の一行を動かせなかった。過去の彼がかけたこの鎖は、彼にはその鎖の形さえ触れられなかった。
昨日、彼は街でいちばん古い実体アーカイブ館にまで足を運んだ。925 年のあの、デジタル化されていない紙の束のなかに、網をくぐり抜けた何かが残っていないか見ようとした。管理員はさんざん調べたあげく、戻ってきて彼に告げた——925 年のあのマスは、まるごと無いと。「紛失ではありません」管理員は眼鏡を押し上げた。「登録簿には『閲覧済み』と書いてあります。ですが閲覧者の欄は空白で、閲覧日は——」リカは最後まで言わせなかった。その日付がいつか、彼は眼を閉じていてもそらんじられた。
左後方半歩、室温より 1 度低いあの冷えが、ずっとそこにあった。Shadow_001 はインスタンスを出てから実体を持たない。それでも、それは決して離れない。ときどきリカは思う——この部屋でただそれだけが、彼がこの数日どれほど不甲斐なく思っているかを知っている、と。
17:52、画面が跳ねた。
エネルギー網のデータではない。スペクトラが押し出してきた一本の警報で、彼が走らせていたすべてのウィンドウを覆い隠した。
リカの手が宙で止まった。
彼はこのフォーマットを知っていた。第十子站で、彼はこの警報線の冒頭を見たことがある——1 月 1 日未明、Error_513。あのあと、それは全網の Code Black になり、システムが自ら造り出した一つの新しい語になった——裂縫(リフト)。
[全網警報:Code Black]
[事件分類:裂縫]
[事件番号:#002]
#002。
最初の一つは、凍土北境、S-17-R。サンタラニアからは氷影海溝をまるごと一面隔てるほど遠く、CV-1A で 6 時間あまり飛ばねばならぬほど遠かった。彼が境界の外に立って、一人の観測者として、ゆっくり見ていられるほど遠かった。
この一つは、遠くない。
リカは #002 の座標を開いた。
座標が展開した瞬間、彼の胃のなかのあの冷えが、Shadow_001 のあの冷えと、つながった。
凍土ではない。海の向こうでもない。
[事件位置:サンタラニア]
[深度:地下 ███ メートル]
サンタラニア地下。彼が腰かけているこの椅子の真下、何年生きたかもわからぬこの街の真下に——一つの存在が、たったいまスペクトラに「裂縫」と標づけられた。
リカはこの街に十分長く住んでいた。その一層一層を自分は知り尽くしたと思うほどに長く。地上の塔群、ガラスのカーテンウォール、ホログラム広告板。地下には 7 本の磁気浮上、源石発電所の冷却管網。さらに下れば、旧市街の地盤、この街が建てられる前からそこに押しつけられていたもの。すべて知っているつもりだった。だがスペクトラが標づけたあの深度——地下 ███ メートル——は、彼の知るどの層よりも深かった。彼が一度も降りたことのない深さだった。
最初の鳴響は、彼は飛んで見にいった。
この一つは、彼はその真上に坐っている。
凍土のあれは、観測者として踏み込んだ——一つの境界を隔てて、彼は見ることも、退くことも、飛んで帰ることもできた。この一つに境界はない。それは街の真下にあり、彼と同じ街の空気を呼吸している。それを読むには、ただ見るだけではすまない。彼は降りていって、自分自身をその一部にしなければならない。観測者は飛んで裂縫を見にいき、起動者は裂縫のなかへ歩み入る——あの昇格は、ただ彼に権限を与えただけではなかった。彼をより深いところへ、一層押し込んだのだ。
リカは、いちばん慣れた動作をした——#002 の最下層の署名を読みにいった。
彼はもう、何を見ることになるか、ほとんどわかっていた。
[事件源署名:L.K.S._Core]
[関連アーカイブ日:開元925年3月11日]
また彼だ。またあの一日だ。
過去の彼は、凍土に一つ埋めただけではなかった。過去の彼は、この街の真下にも、一つ埋めていた——しかもそれを 925/3/11 に、彼の開けられぬあの鎖に、縛りつけていた。
この 3 日、彼はずっと街にいて、うつむいて 925 のあの一日にいったい何があったかを調べていた。読めるかぎりの記録を、彼はすべて調べ尽くした。
答えがそもそも記録のなかには無いかもしれない、とは、彼は一度も思わなかった。
答えは、彼の足の下にあるのかもしれない。
脳晶のいちばん奥の層、あのメモ 02 が動いた。
リカは何の指令も下していない。それが自ら動いた——着地したあの日、メモが初めてひとりでに動いたときと、寸分たがわず。
あの「条件:未達」の一行が、変わった——
[メモ · 02]
[条件:1 / ?]
「未達」から「1 / ?」へ。最初のマスが、灯った。
リカはその「1」を見つめた。彼はまだ何もしていない。ただ #002 がこの街の真下にあるのを見ただけだ。
つまり——「この存在があると知る」、ただそれだけで、過去の彼が求めた第一歩なのだ。つまり過去の彼は読み切っていた——いつの日か、街の真下のこの存在が自ら跳ね出してくる、そしてその日、いまの彼はちょうどその真上に坐り、ちょうど 925 を調べ、ちょうど降りていく支度ができている、と。
過去の彼が敷いたあの道の、最初の道標の前に、リカはいま立っている。
道は、下へ。
リカは立ち上がった。当直椅子が背後で半回転した。
彼は通報しなかった。NULL 規則はまだ生きていて、スペクトラは彼と #002 を結びつけない。360 の観測ステーションはどれも Code Black を見られるが、その一つとして、リカがいまこの瞬間立ち上がったのを見るものはない。
彼はうつむいて、左後方半歩のあの冷えに、一句かけた。インスタンスを出てから、彼が初めて自ら口を開いて、それに語りかけた瞬間だった。
「行くぞ。下へ降りる」
Shadow_001 は答えなかった。だがあの冷えは、ドアぎわへ半歩、動いた。
【第040話 完 · サンタラニア · 情報研究第十子站 → 街の地下へ】
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