王座は三度呼ぶ

誰も口にしたがらない古律が一条。王座がある者の名を呼ぶとき、三度呼ぶ。はじめの二度は、家の者が「あれは居りません」と代わりに答えられる。三度目は、本人が答えねばならない。

最終更新:2026.06.20

王宮には古律が一条あって、いまの王朝よりも古く、平素は誰も持ち出さない。成文の律にはなく、内廷雑録の傍註に一行残っているだけだ。筆跡は本文と違い、後から誰かが書き足したもののように見える。

古律はこう言う。王座は人の名を呼ぶ。三度呼ぶ。一声目、二声目は、家の者が代わりに応じてよい。代わりに「あれは居りません」と答えて、その一度をやり過ごせる。だが三度目は誰も代われない——呼ばれた当人が、自分で口を開いて応えねばならない。

代わりに答えるにも規矩がある。答える者は扉の内に立つこと、敷居の上に立ってはならない。答えるのは速いこと、遅ければ数に入らない。呼ばれた者の家族の身分で答えること、僕婢が答えても無効だ。この細目は古律そのものより細かく書かれ、何代も写されてきた。誰も持ち出さない古律に、なぜこれほど周到な手順が付いているのか、問うた者はいない。

内廷雑録でこの古律に関わる傍註は、前後で計 4 箇所、筆跡は 3 人分ある。いちばん古い一つは冊子の第 11 頁にあり、紙の色は本文より濃く、書き足された時期は本文より少なくとも数十年遅い。その 4 箇所に出てくる年を数えた者がいて、互いに 60 年から 90 年ほど隔たっており、あいだの空白には何の記録もない。

伝説には三声目に応えた者がいる。王座はそれきり口をきかなかった。だがその夜が明けると、応えた者は姿を消していた。そして連れて行かれたのは、たいてい部屋にいたもう一人——その晩たまたまそこにいて、名を呼ばれていなかった者のほうだった。

古律は規矩だけを記し、理由を記していない。黙の壁が名だけを刻み、その名が何のためのものかを刻まないのと同じように。

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