失踪と記憶の空白

人が静かに、アカウントから、友人の記憶から、あらゆる記録から拭き取られていく。だが本人に映像を見せると、記憶はときどき緩む。

最終更新:2026.06.20

人が消えはじめている。静かに、メッセージアプリのアカウントから、友人の記憶から、あらゆる記録から、人ごと痕跡ごと拭き取られていく。

未明に投稿された目撃の書き込みは、2時間から6時間のうちにアカウントごと消える。あるサンプルは17件だった。09:08 に最初のサムネイルを保存、09:41 には9件、昼を過ぎて7アカウント、14:42 に6、15:08 に4。最初のスクリーンショットからその日の午後まで、ちょうど6時間で、11のアカウントが投稿ごとなくなった。ウェブアーカイブは1か月前の版まで巻き戻り、その投稿は初めから存在しなかったかのようになる。

生き残った数件には共通点がある。内容がずれているのだ。猫のアイコンの1件は「未明にうちの屋根で空を見てた、光の筋があった」と書かれていて、文がおかしい。もう1件はSNS連動の短い動画で、画面の空には何もなく、人がカメラに向かって笑い、笑い終わってから「いや、さっき本当にあったんだって」と言う。要点を外したものは、削除の規則に見逃された。

電話がつながった相手は、話し方が驚くほど似た形に収まる。板橋のあの人物は開口一番「あれは消しました」で、続けて「別に何も見てないですよ」「空が変だなと思って、帰って寝て、朝に考えたら自分で自分を怖がらせただけだと思って」。なぜ消したのかと訊けば「つまらないと思ったから」と答え、それから切った。内湖のあの人物は2回かけてどちらも出なかった。

この種のものを追うには表しかない。項目は取材で使っていたものを流用した。出典、アカウント、投稿時刻、目撃地点、目撃内容、添付画像、連絡状況。表の右端にはのちに1列増え、列名は「未提示時の想起度」と打たれた。促されない状態でその人がどれだけ自分から細部を語れるかを記録するための欄だ。この欄の大半のマスに入るのは「低」「ゼロ」、あるいは「アカウントごと投稿ごと消失」だ。

だが消去はいつも徹底しているわけではない。永和の五十代の水道電気工事の職人は、最初に色を訊かれたとき頭のなかは真っ黒だと言った。携帯の映像を最後まで見てから、彼は「そう。これだ。」と言った。さらに問うと、彼は自分で眉を寄せた。さっきはなぜ思い出せなかったのか?

本人に映像を、写真を見せると、ときどき「思い出させる」ことができる——書き換えられた記憶は、物証の前でときどき緩む。

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