世界観補完|毎日通っているのに、見えていないあの地図
昼の地図は道路と河磁線を記録する。もう一枚は、古い廟、古井戸、名のない路地の入口を記録している——毎日そこを通っているのに、あなたは一度も本当に見たことがない。
誰もが、自分の住む都市のことはよく知っているつもりでいる。どの道がどこへ通じるか、どの駅で乗り換えるか、どの店が何時に閉まるか——それはぜんぶ、昼のあの地図の上にある。
昼のあの地図には、手入れをしている人間がいる。市役所が年に一度改訂してダウンロードを公開しており、路地が一本抜けていれば、翌日には誰かが電話で訂正してくる。河磁線は全線 15 駅、3 分以上遅れれば通勤グループチャットに誰かがスクリーンショットを貼る。住所は番地まで、番地は郵便受けまで振られている。この一式はよくできていて、よくできているせいで、大多数の人間は一生それを疑う必要がない。
だがもし気が向いたら、眠れないどこかの深夜に、毎日通っている場所をよく見てほしい。橋のたもとの、育ちすぎたガジュマル。路地の入口にある、誰も拝まないのにずっと灯りのついている小さな廟。河磁線の高架下の、なぜか埋められずに残った古井戸。どれも昼の地図の上にあるのに、どれも完全には昼のものではないように見える。
民俗学者ならこう教えてくれる。この橋は清代に架け替えられていて、たもとにはもともと土地廟があった。この通りには日本統治期に、拝みきらないまま終わった廟が一つあった。この地名は、忘れられたある姓から来ている。都市の「どこか噛み合わない一角」には、どれも下に、塗りつぶされた歴史がひと続き押し込められている。
私たち自身が歩いた場所をひとつ挙げる。旧河地区に路地が一本あり、突き当たりは昼の地図では空き地になっている。番地は振られ、地目もはっきり書かれている。入っていくと、空き地の真ん中に小さな廟が一つ立っている。扉には錠がかかり、香炉に線香は挿さっていない。それなのに、炉の底のあの焦げ跡の輪は、何日かおきに位置を変える。近所の老人はこの話を、戸籍の手続きでも話すような口調で語る。土地は埋められた、番地は付け替えられた、だが地面の下のあの帳簿は書き換わっていない。
新しい埋立地のほうの住民は、その言い分を認めない。この一帯は区画整理のとき、廟はすべて規定どおり移築したのだと教えてくれる。まず協議会を開き、次に日を選び、爆竹を鳴らし、金紙を焼き、位牌を運び出し、そのあと公文書を綴じた。手順はひとつも欠けていない。どちらも証拠を出せるし、どちらも相手を動かせない。違うのは、それぞれの手元にある地図に描かれているものだ。
もうひとつ挙げる。河磁線は清代のあの旧河道に沿って敷かれ、開通のとき工事は旧河堤を金属の殻で包んだ。あの川の匂いは、理屈のうえではもう 50 年封じられている。だが堤防には覆いきれずに残った区間がいくつかあり、いまも外に出ている。夜更けに通ると、湿った土の匂いがまだする。駅名標には川の名前がまだ書かれている。川は下にある。
私たちに届く手紙のうち、いちばん多い誤解は 2 種類ある。ひとつは、二枚目の地図を買えるものだと思い込み、どこでダウンロードできるのかと訊いてくるもの。公式版はなく、縮尺もない。たいていは二つ折りにした紙に描かれていて、赤ペンで何か所か丸をつけ、丸と丸のあいだに曲がりくねった線を引いてある。もうひとつは、それを過去のことだと思い込み、旧市街だけの話だとするもの。だがこの 3 年に届いた手紙を見るかぎり、差出人の住所が新しい埋立地にあるものは、旧河地区のものより少なくはない。
二枚目の地図を見はじめたいなら、やり方は思っているほど神秘的ではない。毎日歩いている道を一本選び、時間を変えて歩く。19:00 を 01:00 に置き換え、同じ経路を、同じ速さで歩き、どの区間で音が変わるかに注意する。たいていの人は最初の 2 回は何も気づかない。だがどこかの回で、ある交差点で足が止まり、なぜ止まったのかが言えなくなる。その交差点が、あなた自身の地図の最初の赤い丸だ。
こういう言い方がある。どの都市にも地図は二枚ある。昼の一枚は、誰の前にも広げられている。もう一枚は待たせる——どこかの深夜、たまたま顔を上げ、たまたま何かが聞こえてしまう、その時まで。この連載がやりたいのは、あなたを少しずつ二枚目の読み方に慣らしていくことだ。次回は高架下のあの古井戸から始める。井戸口の鉄の蓋は一度外されて、また被せ直されている。蓋の縁のあの錆の輪は、新しい。
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