補遺|坊市の散修はなぜいつも境で止まるのか——誰も大声では言わない幾つかの言い分
散修はなぜいつも境で止まるのか?坊市には三つの言い分がある。前の二つは声高に語られ、三つ目を語る者はまず左右に人がいないか確かめる。功法そのものが、はじめから缺を残されているのだ、と。
(本則は坊市の見聞をまとめたもので、多くは散修の口伝てにすぎず、いかなる宗門の立場も代表しない。)
青岐坊市に長くいれば気づく。境で止まった者は街に溢れ、境を破ったという話は一年に幾度も聞かない。西街の塀の根方にしゃがんでいる連中は、十人のうち七人が凝気三層より下だ。
同じ低階の功法でも、宗門の弟子は上げていけるのに、散修は半ばで脈を傷め、走火し、動かなくなる。なぜか。坊市には幾つかの言い分がある。並べておくから、自分で量ってみるといい。
量る前に、まず帳面を見ろ。西街の鉱坑の正工で月に 80 銅貨。凝気散は 1 粒 3 銅貨、10 粒一帖で 8 銅貨、一層から三層の者は一日に 1 粒から 2 粒を呑む。走火を一度やった場合の欠費は別勘定だ。醒神丹が急ぎで倍の 24 銅貨、按穴渡気が 50 銅貨、介抱料が 100 銅貨。締めて 174 銅貨、鉱坑の二月あまりの稼ぎに当たる。払えぬ者は修煉契約を入れ、入れる当てもない者は運び出される。
一つ目、資質のせいにする。いちばん手間のかからない言い分であり、宗門がいちばん信じてほしがっている言い分でもある。上がれないのは根骨が悪く、心根が浮ついているからだ、と。自分のせいにするのがいちばん安全だ。よそのせいにするなら、まず誰のせいかを問わねばならない。
この話には合わないところがある。本当に各人の資質の差なら、止まる場所はばらばらに散るはずだ。ところが実際は、一群の者がそろって同じ折り返しで止まり、走火する者も決まって同じ箇所が先に詰まり、同じ箇所が先に弾ける。
二つ目、丹の毒のせいにする。坊市の低階の丹薬は十炉のうち三炉が毒を帯びていて、経脈にはとうに暗い傷が溜まっている。中どころの丹舗が 3 か月で売った凝気散のうち、印記を持って返しに来るものが少なくとも一割。廃丹甕にある、呑めば脈を傷める死黒丹は、毎月きっちり 2 粒から 3 粒出る。返丹の決まりもよく回っている。1 粒返せば 1 粒補う——よく回りすぎていて、なぜその一割が年々一割なのかを誰も問わない。
だがそれでは説明のつかないことが一つある——坊市の丹を一度も口にしない散修まで、同じように止まるのはなぜか。
三つ目、功法のせいにする。これを語る者は、まず左右に人がいないのを確かめてから声を落とす。散修の手に流れている功法は、宗門の内庫にある版とそもそも同じものではない、前も後も残っているのに、いちばん肝心な中段が抜き取られている、と。欠けたものをなぞって練れば、通らないのは当たり前だ。写本は二、三銅貨の一枚から霊石一顆まで幾等かに分かれているが、どの等でも、三層の前後で同じ場所に止まる者が必ず出る。
訊いて回ると、各人の言うことが噛み合わないのがわかる。宗門の外門弟子は、山の上でも止まる者はいる、ただ山では境で止まるとは言わず、根骨のばらつきと言う、4 文字で、その先は続かない、と言う。丹舗の店主はあれは火加減だ、あの夜の炭を見ていなかったのだと言って、そのまま算盤に戻る。西街で薬材を担ぐ散修はもっと直截だ。山の上と山の下では、そもそも同じものを練っていない。
東口の酒屋台では、老いた散修が碗を置いて、別の話をした。若い頃に缺のない写本を一部見たことがある、死人の枕の下に敷かれていた、と。
四つの言い分は、落ちる先がおおむね同じだ。悪いのは散修自身、というところに落ちる。最後の一つだけが別の場所に落ちた。
もう一つ、はっきりさせておきたい言葉がある。坊市ではよく「境で止まるのは資質が悪いからだ」と言うが、坊市に資質は量れない。量れるのは層数だけだ。宗門が人を採るときに使う、人の背丈の半分ほどの青石。手を置いて気を運べば、気が何層まで届くかで、石面の環紋が何圏まで灯る。青石が量っているのは、その気が安定しているかどうかだけだ。執事がそれを冊子に書き入れると、読み返したときには資質になっている。
ただ、坊市の老いた散修が揃ってうなずくことが一つある。本当に上へ行ける道は、坊市で売られている功法の中にはない。起こし方は買える、収め方も買える、ただ中の一段だけが買えない——天下の低階の功法が、申し合わせたわけでもないのに、同じ場所で欠けている。
偶然か。誰も答えられない。ただ、西街の符の屋台の跛の余が一つ本当のことを言った。客のために写している吐納訣は、どの底本から写しても、中段のあの数行で筆が引っかかる。あの数行はもともと手に馴染まないのだ、長く写していれば手のほうが勝手に覚える、と。
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